夏の木陰や冬の日向ぼっこを思い出してください
夏になると、太陽からのジリジリと焼け付くような陽射しを避けるため、人は自然と街路樹の木陰や建物の軒下を探して歩くようになります。直射日光を避けると、明らかに感じる暑さが変わってくるからです。さらに、そこに適度な風が吹けば、夏の日中なのに気持ちよささえ感じます。
一方、冬の晴れ間、南側の窓から入る陽射しでポカポカと温まった思い出はないでしょうか?その暖かさは、エアコンやストーブとはまた違った心地よい暖かさだったことも覚えているかと思います。
実はこのような太陽や風の力がパッシブデザインの重要なヒントなのです。

パッシブデザインとは何か
パッシブデザインを簡単に言うならば、「機械に頼らず自然の力を活用する住宅の設計手法」です。
「パッシブ」とは受動(受け身)的という意味です。太陽や風といった自然の力を享受できる建物にすることにより、快適に暮らそうという発想です。「建物そのものが快適性を生み出す」というコンセプトと言っても良いかもしれません。
一方、パッシブと対極にあるのがアクティブ(能動的)な設計です。自然の力を利用することなく、エアコンなどの空調機器で温熱環境を100%コントロールします。一般的なオフィスビルを想像してもらえれば良いかと思います。
ただし、ここで「パッシブは良くて、アクティブは悪い」と言うつもりはありません。それぞれに特徴があり、建物の規模や立地環境、使用目的によって使い分けられるべきだからです。
具体的な手法を5つの要素で整理
パッシブデザインに基づく設計手法は、大きく以下の5つに集約できると考えています。


①日射制御
窓から入ってくる太陽の陽射しを制御する設計です。夏は熱い陽射しを軒やひさし、外付けブラインドで遮蔽します。日本古来のすだれやよしずなども立派な日射遮蔽です。逆に冬は窓から暖かい日差しを室内に取り込みます。
太陽の高度は夏は高く、冬は低いという特徴があります。その高度を元にした計算から軒やひさし、あるいは窓の位置を決めることで、効果的に日射制御が行えます。
②通風・換気
風の通り道をつくり、室内の汚れた空気を排出して新鮮な空気を取り込めるように窓の配置や間取りを検討します。風を取り込む窓を検討するには、「卓越風」と呼ばれる地域ごとに異なる風向や風力のデータを用います。
ただし、窓を開け放して換気ができる時期は春や秋に限られています。春秋以外の季節は、ファンなどの機械換気を用いるのが一般的ですが、温度差を利用した自然換気(パッシブ換気)のように、機械に頼らずに換気する手法も普及しつつあります。
③断熱・気密
室内の暑さ寒さの原因は、外から入ってくる熱、あるいは室内から逃げていく熱によるものです。熱の出入りが最も激しいのが窓と言われていますが、それ以外の床・壁・天井を通して外の暑さや寒さが侵入し、一方で、エアコンやストーブで作ったせっかくの快適な温度が逃げていってしまいます。
この熱の出入りを防ぐためには、断熱と気密の性能を高めるのが有効です。家全体にダウンジャケットを着せて襟元や袖口をピッチリ閉じる、そんな姿を想像してもらえれば良いかもしれません。
④蓄熱・遮熱
「蓄熱」とは熱を蓄えることです。冬に日中の陽射しの熱エネルギーを蓄熱体に蓄えておき、日が沈んでから蓄熱体から放熱させて夜間に暖かさを得ます。蓄熱体には、コンクリートやレンガ、木材が適しています。
一方、遮熱とは夏の暑い日差しの熱さをさえぎることです。日射制御の項でお伝えした夏の日差しを室内に入れない工夫に加え、熱を遮る外装材や窓ガラスを採用することで、熱の侵入をさらに抑えます。
⑤昼光利用
暖かさや涼しさとは異なりますが、日中の太陽の光をうまく室内に導き、照明を使わなくても明るい室内にするのもパッシブデザインの手法のひとつです。建物の南側の部屋は何もしなくても明るいものですが、北側の部屋や建物の中央部にある部屋に光を届けるにはどうするかは、建物を立体的に考える必要があり、設計士の腕の見せどころでもあります。
パッシブデザインのメリット
ここまで、パッシブデザインの特徴や手法について述べてきましたが、最も大事な「暮らす人にとってのメリットは?」についてもご紹介しましょう。大きくは「快適性」「経済性」「社会への貢献」の3つにまとめることができます。
快適性
パッシブデザインによって作られた住宅の最大の特徴は、圧倒的に気持ちが良いことです。一年を通して暮らしやすくて心地よい室温のため、暑さ寒さのストレスを格段に抑えることができます。また、自然のエネルギーを活用するため、エアコン等の機械で作られた快適さとはまた別の、おだやかな快適さが特長でもあります。
パッシブデザインの住宅は、高断熱・高気密仕様でつくられているため、部屋間での温度差がかなり抑えられ、「ヒヤッとするお風呂の脱衣所」といった経験をすることはありません。このことは、急激な温度変化などが身体にあたえる影響を要因とする循環器系などの疾病のリスクも低下します。
さらに、部屋の一部が冷えたり、湿気がこもったりすることが少ないため結露などが起きにくく、室内のカビやダニ、またそれに起因するハウスダストの発生を抑えることができます。
経済性
自然のエネルギーをコントロールすることで快適さを作り出すため、電気やガスの使用料を抑制でき、光熱費の削減につながります。また、パッシブデザインといえども真夏や真冬にはさすがにエアコン等が必要となりますが、日射制御や断熱・気密が考えられている建物であるため、エアコンの効率が良く、設置台数は少なくて済みます。
社会への貢献
自然エネルギーを最大限に活用するため、毎日の暮らしにおけるエネルギー消費を削減できます。これにより、夏期の電力需要ピークの緩和や社会全体のエネルギー供給の安定化に貢献できます。また、夏のエアコン室外機からの放熱を減らすことは、ヒートアイランド現象の緩和にもつながります。
このように、パッシブデザインは住宅の快適性と経済性だけでなく、社会全体の持続可能な発展にも重要な役割を果たします。
パッシブデザインへの疑問や否定的な意見もあります
ここまではパッシブデザインのメリットの面を見てきましたが、一方でデメリットもあり、それを理由にパッシブデザインに対して否定的な意見を唱える人がいるのもまた事実です。
否定的な意見の主なものをご紹介します。
建築費が高く、光熱費の差額だけでは採算がとれないのでは?
パッシブデザインは設計の考え方ですので、パッシブデザインだからといって設計費用が上がることはありません。しかし、断熱材や窓サッシをより性能の高いものにしたり、外付けブラインドを設置したりするなどから、一般的な住宅より建築費用が高くなるのは事実です。
また、「パッシブデザインは光熱費が安くなるから、その差額分で工事費のアップ分を賄える」といった説明もありますが、それぞれの家庭のライフスタイルは異なりますから、かならずしもそうだとは言えません。
しかし、前述したような、自然エネルギーによる心地よい快適を享受できるのはパッシブデザインだけの特権であり、そのような環境で数十年にわたって暮らせることをお金に換算するならば、その価値は計りし得ないものだと思います。工事費用や光熱費とは別の次元にパッシブデザインの価値はあるのです。
結局エアコンが必要になるから意味がないのでは?
「パッシブデザイン=100%自然エネルギーだけで、エアコンは使わない」と誤解される場合があります。しかし、ここ京都をはじめ、日本のほとんどの地域において夏にエアコン無しで暮らすことは実際には無理と言えます。パッシデザインでも真夏や厳冬期にはエアコンを使います。そうなると、パッシブデザインに対して否定的な方は「結局エアコンをつけるなら、わざわざパッシブデザインにしなくても良いのでは」と言うわけです。
しかし、パッシブデザインとそうでない家では、エアコンの設置台数や稼働期間、また1日の中での稼働時間が大きく変わってきます。「自然エネルギーの利用をメインとし、エアコンを補助的に」これが、パッシブデザインの住まいでの現実的な暮らし方と言えます。
パッシブデザインの住宅を建てられる立地や環境は少ないのでは?
パッシブデザインには、一日を通して建物に太陽光がほぼずっと届くことや、周辺を吹く風が周囲の建物に遮られないといった条件が必要となってきます。したがって、たとえば京都市の中心部のような都市部においては、理想的なパッシブデザインの実現は難しいのが事実です。
しかし、程度にこだわらなければ、どんなに密集・狭小であっても、パッシブデザインのエッセンスをを加えた住まいづくりは可能です。そして、それこそが設計士の腕の見せどころでもあります。
まとめ:パッシブデザインは家族と未来への投資
ここまで述べてきたように、パッシブデザインの住まいづくりには多くのメリットがあります。もちろん、デメリットがゼロではなく、それを根拠にパッシブデザインに対して否定的な意見もあります。しかし、家族みんなの快適さや健康など、金額換算できないものを含めて総合的に考えれば、「初期投資以上のリターン」があると言えます。
また、エネルギー消費やCO2排出を削減できる暮らしを実現することは、持続可能な社会を次世代へバトンタッチすることの一助となります。
「家族と未来への投資」、それがパッシブデザインの住まいづくりです。
