2025年2月、京都市内に「澄暖(すのん)の家」が完成しました。この住宅は、断熱等級7という高い断熱性能と高気密性能を基本としながら、一般的な高性能住宅とは少し異なる考え方で、快適な室内環境をつくっています。
それは、「設備を足す」のではなく、「建築そのものの性能」で快適性を支えること。
太陽の光や熱、建物の高低差によって生まれる空気の流れなど、自然の力を建築に取り込みながら、必要なところだけ設備の力を借りる。そのために「澄暖の家」では、パッシブデザインとパッシブ換気を組み合わせました。
冬はエアコンの気流や動作音をほとんど感じない、静かで自然な暖かさ。夏は高断熱・高気密の性能を活かし、エアコンを弱く運転することで、穏やかな涼しさを保ちます。
京都の気候と敷地条件を読み解きながら、建物そのものの力を最大限に活かす。
「澄暖の家」は、これからの高性能住宅の一つのあり方を考えた住まいです。
高性能住宅だからこそ、設備に頼りすぎない
現在、高断熱・高気密住宅では、熱交換型の第一種換気システムを組み合わせることが一般的です。高い断熱・気密性能を持つ住宅では、計画的に換気を行うことが重要になるためです。もちろん、第一種換気システムには多くのメリットがあります。
一方で、24時間稼働する換気設備には、わずかではあるものの常時動作音があります。また、フィルター交換などの日常的なメンテナンスに加え、長い目で見れば機器の交換も必要になります。
そこで「澄暖の家」では、
「そもそも、設備の力をできるだけ借りずに換気することはできないだろうか?」
というところから考えました。その答えの一つが、パッシブ換気です。高断熱・高気密という建物の基本性能を高めたうえで、自然の力を利用して空気を動かす。そして、必要なときだけ機械の力を借りる。これが、この住宅の基本的な考え方です。
京都の敷地条件を活かすパッシブデザイン
「澄暖の家」は、京都市内の住宅地に建っています。この敷地で大きな課題となったのが、南側の隣地でした。南側には総2階の建物があり、計画地に近接しています。高断熱住宅では、断熱性能を高めるだけでなく、冬の日射を室内に取り込む「日射取得」も重要です。特に京都のように冬の寒さがあり、夏の日射も強い地域では、季節によって太陽の力を「取り入れる」と「遮る」を使い分けることが快適な住環境につながります。
そこで、計画段階から太陽の動きをシミュレーション。季節や時間によって太陽の角度がどのように変化するのかを確認しながら、屋根の形状、庇の出、窓の大きさや配置を決定しました。単に「南側に大きな窓をつける」のではありません。敷地周辺の建物まで含めて太陽の動きを読み、その土地で得られる自然エネルギーを建築の形に取り込む。それが、「澄暖の家」のパッシブデザインです。

パッシブ換気とは?自然の力で空気を動かす仕組み
パッシブ換気とは、機械で空気を強制的に動かすのではなく、建物内部の温度差や高低差によって生まれる自然な空気の流れを利用する換気方法です。「澄暖の家」では、床下から新鮮な外気を取り込み、建物内部を通って上昇した空気を排気する換気経路を計画しました。
温度の異なる空気には自然な上昇・下降の動きが生まれます。その力を利用することで、換気のために常時ファンを回し続ける必要をできるだけ減らしています。なお、現在の建築基準法では給気・排気すべてを自然換気する家は認められないため、排気にのみファンを用いています。採用したのは、デマンド換気システム。湿度感知センサーが室内の湿度(水蒸気量)を検知し、自動的に排気をオン/オフ、また排気量をコントロールしてくれるのが特徴です。
つまり、普段は自然の力で換気し、必要なときだけ機械の力を借りる。この考え方によって、エネルギー消費を抑えながら、快適な空気環境を維持することを目指しました。

大きな吹抜けがつくる、自然な空気の流れ
パッシブ換気を成立させるためには、換気設備だけでなく、建物内部の空気の流れそのものを設計する必要があります。「澄暖の家」では、南側に大きな吹抜けを設け、北側にも吹抜けと通気壁による「竪穴」を計画しました。この高低差によって、建物の中に自然な空気の流れが生まれるようにしています。
また、京都の住宅で考えておきたいのが、梅雨から夏にかけての湿気です。高断熱・高気密住宅では、単純に「気密性を高めれば快適になる」というものではありません。どこから空気を取り入れ、建物の中をどのように通し、どこから排出するのか。その換気経路を含めて計画することが重要です。「澄暖の家」では、こうした空気の流れを設計段階から検討したことで、梅雨から夏にかけても湿気を意外なほど感じにくい室内環境となりました。
床下チューブ暖房がつくる、音と気流のない暖かさ
「澄暖の家」の冬の暖房にも、パッシブ換気の仕組みが関係しています。床下から取り込まれた外気は、床下に設置された温水チューブの周囲を通ります。チューブの中を流れる温水によって暖められた空気は、床面に設けたスリットからゆっくりと室内へ上昇します。これが、床下チューブ暖房です。
一般的なエアコン暖房では、暖められた空気を風として室内に送り出します。そのため、温風の気流やファンの音を感じることがあります。一方、この住宅では床下から暖められた空気が自然に上昇していくため、強い気流をほとんど感じません。暖房していることを意識しないような、静かで穏やかな暖かさ。まるで美術館の中にいるような、静謐な室内環境を目指しました。

夏は高断熱・高気密を活かして、エアコンは最小限の運転でOK
夏の冷房には、吹抜けの高い位置に設置したエアコンを利用しています。ここでも重要なのが、建物の高断熱・高気密性能です。断熱性能と気密性能が高い住宅は、外の暑さの影響を受けにくく、室内の温度を安定して保ちやすくなります。そのため、「澄暖の家」ではエアコンを強く運転する必要がありません。最小限の運転でも十分な冷房能力を発揮できるため、冬の暖房と同じように、動作音や強い気流をあまり意識せずに過ごすことができます。
設備の性能を上げるだけではなく、建物の性能を上げることで、設備そのものを穏やかに使う。
これも、この住宅の大きな特徴です。
大きな吹抜けと耐震等級3を両立する構造計画
パッシブデザインと自然な空気の流れを実現するためには、大きな吹抜けが有効です。しかし、大きな吹抜けは構造計画上、決して簡単な条件ではありません。特に「澄暖の家」では、南側隣地の影響を受けながら日射を取得するため、南側の2階にも大きな吹抜けを設ける必要がありました。
そこで、構造材の断面欠損を少なくするために金物工法を採用。さらに、平面計画そのものをシンプルな構造架構となるように計画しました。そのうえで許容応力度計算を行い、耐震等級3、耐風等級2を確保しています。
快適な住環境をつくるための大きな吹抜けと、地震や強風に対する安全性。相反しやすい条件を、設計段階から一体的に考えています。

太陽光発電で、省エネルギーと災害時の安心を
屋根には太陽光発電システムも搭載しました。日常生活では、太陽光によって発電した電力を利用することで、電力会社から購入する電力を減らすことができます。また、災害などによって停電が発生した場合にも、できるだけ普段に近い暮らしを維持できることを目指しています。
高断熱・高気密、パッシブデザイン、パッシブ換気、そして太陽光発電。それぞれを単独の設備・技術として考えるのではなく、一つの建築として組み合わせることが重要だと考えています。
断熱等級7だけでは決まらない「住み心地」
断熱等級7という数字は、「澄暖の家」の重要な性能の一つです。しかし、住宅の住み心地は断熱性能の数値だけで決まるものではありません。太陽の光がどこから入るのか。夏にはどのように日射を遮るのか。空気がどこから入り、どこを通って、どこから出ていくのか。暖房した空気をどのように室内へ届けるのか。そして、大きな吹抜けをつくりながら、どのように構造安全性を確保するのか。
こうした一つひとつの設計判断が組み合わさって、最終的な「心地よさ」につながります。だからこそ私たちは、住宅の性能を設備のカタログだけで考えないことを大切にしています。
これからの高性能住宅に必要なのは「設備+建築」のバランス
高断熱・高気密住宅が一般的になり、住宅性能がさらに高くなっていくこれからの時代。「どんな設備を入れるか」だけでなく、「どこまで建築そのものの力で快適にできるか」を考えることが、より重要になっていくのではないでしょうか。
設備には寿命があります。メンテナンスも必要です。エネルギーも消費します。だからこそ、建物そのものの性能を高め、太陽や空気といった自然の力を上手に利用し、そのうえで必要なところだけ設備を使う。それは、暮らす人の快適性だけでなく、環境への負荷や将来的な維持コストを抑えることにもつながります。
「澄暖の家」は、「設備を足す」のではなく「建築そのものの性能」で快適性を支えるという考え方を、一つの住宅として実践した事例です。

「澄暖の家」を、次世代の学びの場へ
そして、この住宅にはもう一つの役割があります。「澄暖の家」は、住まい手のための住宅であると同時に、建築を志す学生たちに、これからの住宅づくりや建築の仕事について伝える場としても活用しています。
実際の住宅を訪れ、光の入り方を感じる。吹抜けによる空気の流れを体験する。暖房の音や気流を感じない室内を体験する。図面や写真だけでは分からないことを、実際の建築を通して学んでもらうことができます。
高性能住宅の普及と、次世代の建築を担う人材の育成。その両方を目指し、「澄暖の家」を地域に開かれた住まいとして活用していきます。
建築の力で、静かに、自然に、快適に
・断熱等級7
・高断熱
・高気密
・パッシブデザイン
・パッシブ換気
・床下チューブ暖房
・耐震等級3
・太陽光発電
「澄暖の家」には、さまざまな性能や技術が組み込まれています。しかし、私たちが大切にしたのは、それらを一つずつ足していくことではありません。その土地の条件を読み、太陽と空気の動きを考え、建築そのものの性能を高める。そして、それでも足りない部分だけ、設備の力を借りる。そうすることで、エネルギーをできるだけ抑えながら、静かで、自然で、心地よい住環境をつくる。それが、アプリコット建築研究所が考える高性能住宅の一つのあり方です。
京都の気候や敷地条件を活かしながら、性能だけでは数値化しきれない「心地よさ」まで考えた住まい。「澄暖の家」は、その考え方を形にした一つの実例です。これからもアプリコット建築研究所は、建築の力で、長く快適に暮らせる住まいを考えていきます。
謝辞:澄暖の家は日本エコハウス大賞2026の「奨励賞」を受賞しました。
住宅専門雑誌『建築知識ビルダーズ』を発行する株式会社エクスナレッジが主催する日本エコハウス大賞2026において、「澄暖の家」は奨励賞を受賞することができました。
アプリコット建築研究所の提案にご理解をいただき、ともに知恵を絞っていただいたお施主様。また、これまでにない施工を快く引き受けていただいた創業元治元年小林工務店様とその協力会社さまに感謝いたします。ありがとうございました。

